小松さんの「小磯評」はというと、いつも「あの人は、ボクら足元にも及ばぬ、とび抜けた天才だよ」の、一言だけであったが、「半日で出来た名作『裸婦』」など、小磯絵画の真髄というのは、小松話術をとおしてうかがうと、なるほどと思えるフシがある。
昭和十二(一九三七)年の秋の話だがね。…。 ある朝、例によって、預けてある画材をとりに、山本通のアトリエへ寄ったんだ。 そしたらキミ、小磯さんが、前夜ほぼ完成していた絵を、パレットナイフでけずってるんだ。明日が、新制作派の搬入締切日だというのにだよ。ビックリしたなモウ。(小松さんの話にはしばしば、当時流行したお笑いギャグが挿入される。)ボクは思わず、怒鳴ったですよ。「小磯さん、気でも狂ったか。バカなこと、よしなさい」って。
そしたら小磯さん、「人のことは、ほっといてくれ。それより、キミこそ、栄町通の西洋館、今日中に仕上げんと、明日の間にあわんぞ」と急ぎ立てられ、気になりながら栄町通でボクの作品をあらかた仕上げて、昼飯食べに帰ってきたら、昨日の絵とはまったく違う構図の、モデルのデッサンが少し出来かけてたなぁ。小磯さんが屋敷から出て来るの待ってたらまた叱られそうな気がして、後を気にしながらまた栄町通へ出て、ボクの絵を仕上げて夕方、山本通のアトリエにもどってきたら、ねぇキミ。あっと驚くタメゴロー。