益喜を語る

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「彼はボクの親友なんだ」

…小松君は、昭和十年頃だか、山本通の西洋館(当時「異人館」という言葉はなかった)を写生していて、偶然ボクのアトリエを見付けて飛び込んできたんだ。それからボクのアトリエを、勝手に「基地」みたいにしてね。彼の昭和十年代の、北野や山本通、旧居留地の西洋館の絵は、言ってみればまあ、ボクのアトリエから生まれたようなものなんだ。…。

困ったのは、小松君は、昔やってた左翼運動のトガで、「特高」につけまわされていてね。朝早く小松君が坂道を自転車をこいでやって来る頃、決まって坂上のボクの家の東角辺りから、彼を見張っている男がいたことだ。小松君にいわせると「警察のイヌ」なんだそうだが、その私服警官は彼の写生現場までつきまとって、制作の邪魔になって困るというもんだから、ある朝小松君の来る前に、その男に近付いて言ってやった。

「キミ、彼はボクの親友なんだ。小松君を付け回すのは止してくれんかね。」

それからピタリ、その男、ボクのアトリエには来んようになったんだけどねぇ。…。

この、小磯アトリエ近くをつねに監視していた「特高」、つまり治安維持法に基づき内務省に置かれた左翼思想犯検挙を任務とする特別高等警察のことについては、小磯さんの「戦争協力画」とキリスト教平和主義についての叙述とともに、竹中郁『小磯良平=人と作品』[小磯良平画集・(昭和五十三年・求龍堂刊)]に詳しい。