益喜を語る

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「竹中郁氏像」に込められた人間愛

昭和16(1941)年の秋のこと、竹中郁さんが、新調の背広上下を着込んで、山本通の小磯アトリエへやって来たという。その親友を出迎えた小磯さんは、いきなり竹中さんを椅子に座らせると、サアーッとその姿をデッサンされた。…。だが、完成したデッサンを見て、竹中さんは驚いた。「おいっー。オレの顔がないやないか」。そのとき、小磯さんは、こう答えられたそうである。

ボクはその、キミの背広のしわが面白い思うたから、描いたんだが…。

ちなみに私は、小磯絵画の見所の一つとしてモデルの着衣のしわに注目する。その生地が絹か綿か麻か羊毛か、織り方によってはサテンかビロウドか、それらの微妙なマチエール(質感)の違いを含めて、これほど見事にしわを描き分けられる画家は、洋の東西を通して彼の人以外に、レンブラントかベラスケスか、二三を数えるに過ぎないのではないか。具象絵画を志す方は、小磯さんの絵をご覧になる際、その「しわ表現技術」とでもいうべきモノにも、とくとご注目いただきたいものである。