益喜を語る

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「ボクの抽象画に対する審美眼」

おかしかったのは、あるカンディンスキーばりの抽象画を前に、小磯さんが 「これ逆さにした方がいいと思うが、キミたちどう思うかね。」と、吉原さん井上さんに尋ねられたときのことである。

「サインが右下に入ってますから、そら作者の『主張』を尊重せなアカンのとちゃいますか。」と、吉原さん。それに対する、小磯さんの応対が絶妙であった。

キミ、ここは団体展の審査会と違うよ。相手は、ズブの素人じゃないか。なんかこの、抽象的造形はこうあるべきだよということを、この機会に教えてやりたいのだがねぇ。作者が、もしかして、ボクらの指導に応えてだな、絵を逆さにしてサインを書替えてくれさえしたら入選いうことで、どうだろう。

さきに「近頃の小松評」で紹介したように、プロの画家に対しては実に手厳しい小磯さんが、アマチュア画家には心やさしい「教育的指導」を示される。たまたま、小磯さんという人間の、美術教育者としての一面を、かいま見た思いであった。

「小磯さんのおっしゃることには、ボクら反論出来ませんから、どうぞご勝手に…」という井上さん吉原さんの同意を得て、私はその応募出展者宅へ「これこれしかじか」と電話をした。会場デパートの休日、私たちがアルバイトを指揮して展示にテンテコ舞いの最中に、その出展者が絵具箱抱え汗をかきかき走り込んできて、サイン位置を逆に修正したことは、いうまでもない。