<<解説>>
もと居留地明石町、今の大丸のななめ向い岩井産業の浜側にあった。
これも雑貨屋・輸入商で、ウイスキーや清料飲料水を多くあつかっていた店だ。
一階が商店、階上は住居になっているのは、居留地に多くあった建てかただ。この建物は入口が小さく、その上に小さな看板がつき出ていて構図上おもしろい役をはたしていた。
この時期の絵はすべてファウンデーションが大切にされ、石の所は石のように、カベはカベらしく、とマチエール(はだ合い)を生かすようにしていた。イエローオーカーの石でさえ、ホワイトのファウンデーションにして、上からアンバー系の色をグレースしたものだ。
居留地にはこうした建物が300軒も並んでいたが、ほとんどが戦時中の空爆でやられてしまった。これも戦争消失である。