8.黄土と灰色の異人館の間(取毀し)

北野交番所の二軒下の小さな路地で、ここから描いた左側の灰色の家などは、ペンキさえ塗り替えればまだ十分と思われるくらいしっかりしていた。
しかし、四十号の変型四角の絵を描くのは無理かと思われるほど狭いところで、画架を立てることもできない。手前の塀(へい)の折針にひっかけて製作をつづけた。
素描をとり、やっと色付けをはじめたら、後がないので時どき表通りまで出て見なくてはならない。
製作中程まで出来たとき、取り毀し(こわ)しがはじまった。写実主義の私にとっては大変なことだ。
「すみませんが取り毀しをもう一ヶ月待って下さいませんか、この路地を描いているのですが」
と頼むと、一ヶ月待ってあげようということになった。
一ヵ月程経ったら、たちまちこの二軒の異人館は取り毀されてしまった。今も空地になったままである。