12.野沢セメント事務所(現存)
この家は居留地前町にある。
野沢社長が移る前に壊されたこの建物の前の塀は、実に見事なロシア風の木柵があった。幅十二センチ、高さ二メートル半くらいの厚板に横面に凸凹の切込みを入れて、完全にロシア風と思われる木柵であった。その中には楊柳の大木と名も知らぬ一本の木が植えられてあった。
その向かいは三階建の鎧窓や煙突のある異人館に囲まれていた。
この三階建の建物は、各階に鎧窓があり、それが黄緑色に塗られていて、前の建物とよく調和していた。街に面した側には手摺(てすり)つきのガラス窓が大きく切ってあり、手摺はネープルスイエローに塗られていて、とてもよかった。
この三階建ても戦災で焼失してしまい、この異人館だけが焼野原にポツンと一つ残った。考えてみるとまったく不思議だ。しかも木造ペンキ塗りの鎧窓も焼けておらず、見事に残っている。
この建物を大切に保存しておられる野沢氏に感謝したい。